とあるバンドのレコーディング日記

ボーカルのダビング

【 登場人物 】
▽ とあるプロデューサー(Fプロデューサー)
▽ とあるレコード会社の担当ディレクター(Bディレクター)
▽ とある音楽事務所の社長(C社長)
▽ とあるバンド(E)
▽ とあるエンジニア(Rec)

とある都内のレコーディングスタジオ、午後3時頃・・・
先日までの作業で、オケの方は録り終えて、今日はボーカルのダビングです。
なんだかんだ言っても、ボーカルがやっぱりメインになってくるという事もあり、いつもより、本人も回りのスタッフも気を使います。
特にボーカリスト本人は、日頃からボイストレーニングに通ったり、のどのケアをしたり、ボーカルのダビング日近くに風邪をひかないように体調管理にも気をつけて、体調的にも精神的にも最良の状態でダビングに望まなければなりません。
連日レコーディングに参加しながら、場合によっては締め切りまでに歌詞を作りながら、体調を管理するのはなかなか大変な事だと思います。

一般的には、たばこものどには良くないと言われていますが、ダビングの間も普通に吸っていて「吸った方が調子がいい」という人もいるし、お酒を飲みながら唄う人もいるし、ブースの中を暗くして唄う人もいるし、様々です。
ダビング中ののどのケアも様々で、飴をなめたり、蜂蜜をなめたり、龍角散を飲んだり、のどぬーるスプレーを塗ったり、吸入器を使ったり・・・。
長くやっていく中で、それぞれ自分に合うやり方が出来ていくのだとと思います。
単純にのどを湿らせるだけなら、ぬるめのお湯が良いと言われています。

機材など選択の余地があるならば、ヘッドアンプやコンプなども、そのボーカリストに合ったものを選びたいところです。
最低でも、音の入り口であるマイクは複数本試してみる事をお勧めします。
今回は、チューブ系としてU-67、コンデンサー系としてC-414ULS、ダイナミック系としてMD-421を立ててみました。
とりあえず、一度唄ってもらって、それぞれをテープに録って、セレクターで切り替えながら聴き比べます。
どのマイクが声にマッチしているか、オケ中でどのように聞こえるかをチェックして、エンジニア・プロデューサー・ディレクター・ボーカリスト本人などの意見をまとめて、マイクを選択します。
今回は、ダイナミックマイクのMD-421を使う事になりました。
機材でもマイクでもそうですが、「高いものが良い」とは限りません。
とは言っても、高いものにはそれなりの良いところがいっぱいありますので、それらも踏まえた上で、聴いた感じで一番いいものを選択しましょう。

特にボーカルダビングの時に注意したいのは、モニターバランスです。
極端な失敗例ですが、音程がとりにくいという事で、リズム隊をカットして、ほとんどエレピのバッキングのみという状態でダビングをした事があって、その時は無事に終わったのですが、トラックダウンの時に、全体の中で聴いてみると、なんかボーカルに違和感があって・・・。
たぶん、オケが微妙に盛り上がったり表情がついているところに、比較的表情が無いボーカルだったので、混ざりにくかったのだと思います。
ちょっと極端な例でしたが、こういう事は多かれ少なかれあると思うので、多少時間がかかっても、モニターバランスはできる限り最終形に近い状態で、ボーカルダビングをやった方がいいと思います。

個人差はありますが、唄い始めてからのどが暖まって、一番魅力的な、いわゆる良い声になるまでの時間、またそれがどの位維持できるか、の見極めがとても重要になります。
本来は、あたまから最後まで全部唄って、3テイク位録って、一番良いのを選ぶというのが理想だと思いますが、なかなか、そういう方にはお目にかかれません。
何回か通して唄って、その後、少しずつ区切って録って、さらに、部分的に録って・・・とやっていくと時間もかかります。
声が良い状態のうちに、いかにこのプロセスをこなすかというのは、プロデューサーやディレクターの腕の見せ所です。

今回は、通して録ったり、部分的に録ったりして、全部で5トラック分の、いわゆる「素材」を録りました。
それを、一つずつ聴いて、良いテイクをチェックしていき、セレクターで切り替えてモニターしながら、場合によっては細かく繋いで、とりあえずのOKテイクが出来上がります。
そして、アシスタントがデジタルピンポンで、5トラックの素材のOK部分を、一つのトラックにまとめます。
出来上がったとりあえずのOKテイクを、もう一度、聴いてみて、気になるところなどをチェックし、選び直したり、無い時は、唄い直したりします。
何回か繰り返して、やっとボーカルのOKテイクが出来上がります。
かなりの集中力と、時間がかかる作業です。

ここ何年かは、ハードディスクレコーディングの技術も浸透してきて、比較的簡単にボーカルのピッチやタイミングの修正が出来るようになりました。
何でもそうかも知れませんが、使いようによって、良くもなったり、悪くもなったりします。
一番恐いのは、こういう便利なモノが出来たからといって、それに頼ってしまって、スタッフがきちんと唄える環境を提供しなくなってしまったり、ボーカリスト自身が良い歌を唄う為の努力をしなくなる事だと思います。